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【ネタバレ感想】映画『グリーンブック』複雑な世界と単純な人間

映画
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なにか面白い映画ないかなーと探していて見つけたのが「グリーンブック」(2018年)。アカデミー賞作品賞など三部門を受賞した名作です。期待を裏切らない密度の濃い作品で、あっというまに2時間が経ってしまいました。

物語の舞台は1962年のアメリカ。人種差別などアメリカの歴史や社会事情、地理に疎いため理解が難しい部分もありましたが、映画を見て率直に思ったことを書いていきます。

映画『グリーンブック』のあらすじ

時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、〈黒人用旅行ガイド=グリーンブック〉を頼りに、出発するのだが─。

映画『グリーンブック』公式サイトより

映画のタイトルになっている「グリーンブック」とは「1936年から1966年まで毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブック」だそうです。「黒人が利用可能な施設」ってことはつまり「黒人が利用不可能な施設」があるってことですよね。そんなことがつい50年くらい前まで起きていたのか…と思う反面、最近でもBLM運動がありましたし「昔の話」とは言えないのかもしれません。

映画『グリーンブック』について

ジャマイカ系アメリカ人のピアニストであるドン”ドクター”シャーリーと、彼の運転手兼ボディガードを務めたイタリア系アメリカ人のバウンサー(警備員)であるトニー・ヴァレロンガが実際に行ったコンサートツアーに基づいて製作されました。

監督を務めたのは『愛しのローズマリー』『メリーに首ったけ』などのコメディ映画で知られるピーター・シャレリー。『グリーンブック』は彼にとって”初の感動作”とされていますが、コメディ要素も多い作品に仕上がっています。

とはいえ舞台は1962年のアメリカ南部地域ですから、黒人差別も真正面から描かれています。
題材が題材だけに批判もありますが、第91回アカデミー賞の作品賞・脚本賞・助演男優賞をはじめ多くの賞を受賞している評価の高い作品です。

映画『グリーンブック』の登場人物・キャスト

トニー・“リップ”・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)

本作の主人公。ニューヨークの一流ナイトクラブ『コパカバーナ』で用心棒を務めるイタリア系アメリカ人。子供のころからデタラメが得意だったことから「リップ」と呼ばれる。旅先から奥さんに手紙を書こうとして「Dear」を「Deer(=鹿)」と書いてしまうくらい学がない。いわゆる「勉強はできないけど地頭がいいタイプ」で、とにかく機転が利いて喧嘩も非常に強い。下品な発言が多く黒人に対する差別意識も強いが、トラブル解決能力の高さを買われて天才ピアニスト、ドクター・シャーリーに運転手兼ボディガードとして雇われる。

演じるのはヴィゴ・モーテンセン。『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン役で有名になった俳優さん(知らなかった…)。ウィキペディアによると7か国語話せるみたいです。めちゃくちゃ学があるw

ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)

3つの博士号をもち語学も堪能、幼いころからピアノの英才教育を受けたアフリカ系アメリカ人の天才ピアニスト。カーネギーホールの上階にある豪邸にひとりで住んでいる。高い知性と品性を備え、強い倫理観をもつ。ある目的で黒人差別の色濃い南部でのツアーを計画、トラブル解決能力に定評のあるトニーを雇う。トニーの粗野で下品な言動に呆れるが、ある出来事をきっかけに少しずつ打ち解けていく。

演じるのはマハーシャラ・アリ。『ムーンライト』と本作の2作品でアカデミー賞助演男優賞を受賞しているそうです。私は演技のこと全然わかりませんが、彼の表情の演技はすごいと思いました。顔だけでこれほどいろんな感情を表現できるものなのか…!!って感動しました。

ドロレス・バレロンガ(リンダ・カーデリーニ)

トニーの奥さん。トニーと異なり、自宅に来た黒人作業員にも分け隔てなく接するとても気立ての良い女性。寂しい気持ちをこらえてトニーを旅に送り出し、手紙を書いてほしいとお願いする。本作品のマドンナ的存在。彼女が画面に現れると癒されます。

演じるのはリンダ・カーデリーニ。大ヒットしたテレビシリーズ「MAD MEN マッドメン」でエミー賞にノミネートされた実績をもつとのこと。ドロレスの可愛らしさや優しさ、温かさにぴったりの女優さんでした。

映画『グリーンブック』の感想

以下ネタバレ、結末に関する記述を含みます。

ストーリー自体はわかりやすいです。
最初は互いに反発していた二人の男(黒人と白人)が旅をして、時にトラブルに遭いながら次第に心を通わせてゆき、最後には唯一無二の親友となる。ドクターが人種差別の激しい深南部(ディープサウス)へ演奏の旅に出かけた理由も想定の範囲内ですし、あっと驚く展開はありません。

いわゆる「白人の救世主」=白人が非白人を窮地から救うという定型的なストーリーに対して、一部(とくにアフリカ系の映画人)から批判があったそうです。

この映画を見て実際に人種差別に苦しんできた人々がどう思うか、私にはわかりません。
ただこの話のポイントは、主人公トニーが「イタリア系白人」であり差別を受ける側でもあったということだと思うのです。実話に基づいた映画なので意図的な設定ではありませんが、もしトニーがアングロサクソン系白人だったらこれほど面白い映画にはならなかったのではないでしょうか。

トニーの成長

旅の途中でトニーは2回、人を殴ります。きっかけはドクターに対する差別行為ではあるのですが、最後に我を忘れて殴りかかった引き金はいずれもイタリア系に対する侮辱発言なんですよね。ドクターが黒人差別に晒されてピンチに陥っているとき、トニーは毎回とても冷静に対処します。なのに、その差別の矛先が自分に向けられると我を失い暴力に訴えてしまう。私にはそんな風に映りました。

しかし物語の終盤、トニーがホテル支配人に殴りかかる場面があります(直前でドクターが止めに入って事なきを得ますが)。「金のためにこんな仕事やってんだろ?(You wouldn’t be in a job like this if you couldn’t be bought.)」と言われたからです。つまり「給料が良くなかったら黒人の運転手なんてやらないだろ」と言っているのです。このセリフはたしかにトニーの人格を侮辱してはいるものの、イタリア系であることに対する差別ではありません。「黒人の下で働くなんて、お金に困ってなかったらやるわけないよね」という明確な黒人差別です。差別意識が強くお金のためだけに仕事を引き受けた序盤のトニーであれば、ここまで怒らなかったのではないでしょうか。暴力は決して褒められるものではありませんが、トニーの変化と二人の間に生まれた友情を象徴する場面の一つだったと思います。

極めつけはラストシーン。家族のクリスマスパーティーで親戚が「あのニガー(=黒人の蔑称。ここではドクターのこと)はどうだった?」と尋ねたとき、トニーは真剣な表情で「ニガーはやめろ」と諫めます。黒人への差別意識が強かったトニーの意外な反応に、親戚はあっけにとられました。

トニーが黒人を差別していたのは、イタリア系であり一種の「よそ者」である引け目からくる防衛本能の表れでもあったかもしれません。また、得意のでたらめで人をだますこともお手の物でした。そんなトニーがドクターと親友になったことで、自らの差別意識を乗り越えて損得勘定を超えた行動ができるようになったのです。ドクターとの交流によってトニーが変わっていく様子がとても自然に描かれていました。

ドクターの成長

ドクターは高い知性と教養をもち、ピアニストとしての圧倒的な才能を発揮し経済的にも成功しています。しかし内面にはものすごく深い孤独を抱えていました。その孤独が表現されているのがこのセリフです。

黒人でも白人でもなく男でもないなら、私はいったい何なんだ?トニー、教えてくれよ!
(So if I’m not black enough, and if I’m not white enough, and if I’m not man enough,
then tell me Tony, what am I?!)

劇中にはドクターが黒人から「お高くとまったやつ」と罵られたり、奇異な目で見られたりする場面があります。その高い教養と地位ゆえに黒人コミュニティに馴染めない。そして言うまでもなく、白人からは差別されまくってます。日本に住んでいるとここまで酷い人種差別を目の当たりにすることはないので「こんなことが現実に起こっているのか」と驚きでしたし、本当に心が痛む場面が多かったですね。しかもドクターは同性愛者。人種だけでなく性的指向まで差別の対象でした。あらゆるカテゴリーから外れており、どのコミュニティにも属せない。家族とも疎遠、妻とも離婚。豪邸に住み、ステージに上がれば称賛されていても、心が満たされることはありませんでした。

先程のセリフからはドクターがアイデンティティを強烈に欲していることが伝わってきます。トニーの暴言によって感情が爆発してこの発言が出てきたわけですが、表に出さなかっただけでずっと一人で考えてきたのでしょう。

ドクターが本当に欲していたのはアイデンティティではなく「居場所」なのだと思います。一緒に演奏する2人の白人音楽家とも常に別行動。トニーが運転手の仕事を辞めると勘違いしたときには給料アップを提示して必死に引き留めようとしました。才能とお金しか求められない孤独は一部の人にしか理解できませんが、自分という人間そのものを受け入れてもらえる場所を求める気持ちは誰もが持っているものです。

しかし先程の発言に表れているように、ドクターには帰属するコミュニティがないためアイデンティティが持てませんでした。「私は何なんだ?」という問いは「私の居場所はどこなんだ?」という問いと同義だと思います。心許し合える、損得勘定抜きで常に味方でいてくれる誰かがほしい。それは才能やお金の有無に関係なく人間ならだれもがもつ本能的欲求です。

そんなドクターの孤独を救ったのはトニーでした。

クラシック音楽を専門としながら「黒人のクラシックピアニストは成功しない」と言われレコード会社の意向でポピュラー音楽を演奏しているドクターに次の言葉をかけます。

あんたの音楽、あんたのしていることは、あんただけしかできないことだ。
(But your music, what you do…Only you can do that.)

ドクターの才能を認めているからこそ、自然に出てきた言葉です。自分に教養があると思いたいから演奏を聴きにくる白人富裕層のどんな称賛よりも嬉しかったはずです。

旅の最後、ドクターは黒人が集うバーでピアノを弾きます。最初に演奏したのはショパンの「木枯らしのエチュード」。クラシックの名曲です。素晴らしい演奏にお客は拍手喝采。そのときのドクターの笑顔が最高でした。でもそれだけでは終わりません。続いてバーのバンドメンバーと即興でブルース(黒人が生んだ音楽)のセッションを披露するのです。バーのお客も店員も、トニーも大盛り上がり。ドクターが心から楽しそうな表情もとても印象的でした。こんな顔して笑えるんだ!あの仏頂面のドクはどこへ!?って感じです。

このシーンはドクターがアイデンティティを見つけた瞬間だと感じました。トニーが言ったように、クラシックもブルースも完璧に演奏できるのはドクターの生まれ育った環境と才能があればこそであり、まさにドクターにしかできないことだからです。

ドクターがずっと欲しかった「居場所」を作ったのもトニーです。
疎遠になっているお兄さんに手紙を書けば?と提案しますがドクターは渋ります。そこでトニーが言ったのが次の言葉。

寂しい時は自分から先に手を打たなきゃ。
(The world’s full of lonely people afraid to make the first move.)

クリスマスイブの日、やっとのことでNYに到着した二人に別れの時がやってきます。
トニーは「家族に会っていけよ」とドクターを自宅へ誘いますがドクターは断り一人で帰ってしまいました。

自宅で家族とクリスマスパーティーを楽しむトニーですが、どことなく寂しそうな表情。
そこになんと!シャンパンを持ったドクターが訪ねてきます。

ドクターを家族に紹介するトニー。みんな一瞬固まりますが(それだけ黒人と交流することがタブー視されていたのでしょう)、親戚の一人が「場所を空けろ!彼にお皿を!(Make some room! Get the man a plate!)」と声を上げます。ドクターに「居場所」ができた瞬間でした。きっかけはトニーでしたが、勇気を出してトニーの自宅を訪ねたからこそ得られた居場所です。他人と距離をとりがちだったドクターが自分から心を開いた瞬間でもあり、とても感動的なラストシーンでした。

トニーとドクターはすべてが正反対で会話も笑えるほどかみ合いませんが、だからこそ互いにないものを補い合い、ともに成長し合える理想的な相棒なのですね。これが実話なんて出来すぎです(多少は脚色されてるでしょうが)。一生のうち一人でもこんな相手に巡り合えたら幸せですよね。トニーが言ったように世界は複雑ですが、人間はわりと単純で「居場所」さえあればどうにか生きていけるのかもしれません。

ケネディの名言

この映画の影のキーパーソンは「ケネディ兄弟」です。

劇中でトニーがケネディ大統領の名言を引用しようとします(が、おバカなので完全に間違えてます笑)。あの有名なやつです。

あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。
(Ask not what your country can do for you–ask what you can do for your country.)

最後にちょっとだけ希望が見えるものの、劇中ではほとんどの場面で「いかに人種差別が根強く、容易になくすことのできない問題なのか」ということが描かれています。

どんなに言葉を尽くしても、社会はなかなか変わりません。論理も人情も「慣習」の前には無力です。

しかしこの映画は「自分が変わることはできる」というメッセージを送ってくれました。差別意識丸出しで損得勘定でしか動かなかったトニーが変わったように。ドクターは社会を変えるために身を危険に晒してまで南部でのツアーを決行し、どんな残酷な差別に遭っても品位を保って毅然と対応しました。自分が変わることで、自分が行動をおこすことで、少しずつ社会が変わっていくかもしれない。現にトニーはラストシーンで家族の差別意識を変えましたよね。社会全体から見ればあまりに小さな変化ですが、こういう個人レベル、家庭レベルでの小さな変化の積み重ねがやがて大きな変革につながることを信じたい。この方法でしか社会は変えられない。そんなメッセージが伝わってきました。

おわりに

2時間の上映中、1秒も無駄のない中身の濃い映画です。1つひとつのシーンやセリフ、仕草に意味があり、一見シンプルなストーリーにものすごい奥行きを与えています。
人種差別という重いテーマを扱っていながらクスっと笑えるシーンもかなり多く、観る者を飽きさせません。主役2人の演技も抜群です。

ハッピーエンドしか見たくない私のようなタイプの人は、絶対気に入るんじゃないでしょうか。
観終わった後、心がじんわり温かく幸せな気持ちになること間違いなしです。やっぱりアメリカのクリスマスっていいですね~!

この記事には書ききれなかったエピソードがたくさんあり、私の語彙力ではこの作品の魅力を伝えられないのでまだ見てない方はぜひ!!

ここまでお読みくださりありがとうございましたm(__)m

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